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大阪高等裁判所 昭和60年(う)894号 判決 1985年12月11日

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所堺支部に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人葛井久雄作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官川瀬義弘作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、事実誤認及び量刑不当を主張するものであるが、論旨に対する判断に先立ち職権をもつて調査するに、原判決には次のような瑕疵が認められ、破棄を免れない。

記録によれば、原裁判所は、原審第一回公判期日において、本件業務上過失致死傷の訴因(被告人が普通乗用車を運転中、原判示の業務上の過失により自車を富尾哲也及び富尾優が各運転する自転車に衝突させ、哲也を脳挫傷により死亡させ、優に対し加療約二八日間を要する頭部挫傷等の傷害を負わせた旨の事実)につき、被告人が有罪である旨の陳述をしたので、本件を簡易公判手続によつて審理する旨決定し、検察官請求の書証を刑事訴訟法三二〇条二項によつて取調べたこと、次いで原審第二回公判期日において、検察官から前記優の傷害につき、「加療約二八日間」とあるのを「加療約一六八日間」と変更する旨の訴因変更請求がなされ、原裁判所はこれを許可し、被告人において右変更訴因につき、「公訴事実は全部間違いない」旨の陣述のみがなされ、検察官から右変更訴因にかかる証拠として病状照会回答書(検察官証拠請求番号第三〇号)の取調べ請求があり、原裁判所は、これを刑事訴訟法三二〇条二項によつて取調べ、ほかに情状証人等をも取調べて証拠調べを終えたうえ、原審第三回公判期日において、右変更訴因を含めた本件公訴事実どおりの事実を認定した有罪判決を宣告したことが明らかである。

ところで、簡易公判手続により審理中、訴因が変更され、変更訴因につき有罪の陳述がない場合には、もはや簡易公判手続による審理を続行することは許されず、刑事訴訟法二九一条の三により、簡易公判手続によることができないものとして、変更訴因と一所為数法の関係にある変更のない訴因をも含めて簡易公判手続による旨の決定を取消して通常の手続によつて審理すべきものである。

しかるに、原裁判所は、前示のとおり変更訴因につき、事実は間違いない旨の被告人の陳述があるにとどまり、その有罪の陳述がないのに、簡易公判手続によつて審理する旨の決定を取消すことなく、右手続によつたまま審理判決したものであつて、かかる原裁判所の措置は、訴訟手続の法令に違反するものというべきであり、その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。

なお、付言するに、原判決は、前記優の傷害の程度につき、変更訴因のとおり「加療約一六八日間」を要する旨認定しているが、この点に関する証拠としては、訴因変更前の加療期間である「加療約二八日間」に照応する「診断書」(検察官証拠請求番号第二一号)を公判調書記載の証拠番号により特定し引用挙示するにとどまり、変更訴因に照応する加療期間を記載した前記病状照会回答書(前同第三〇号)を引用挙示しておらず(なお上記第三〇号の書証が果して証拠能力を有するものかどうかは疑問である)、かつその余の引用挙示にかかる証拠を検討しても、右変更訴因にいうような加療期間を要するとの事実を認めるに足りる証拠はない。もつとも、原判決は証拠として、「被告人の当公判における供述」を挙示し、右供述中には変更訴因に対する「公訴事実は全部間違いない」旨の被告人の陳述が含まれているものと解されるが、右陳述は、変更訴因を認めるか否かの点を主眼としてなされたものであるうえ、認否の対象事項は、被害者の治療期間という被告人が直接体験ないしは見聞していない事柄であり(被告人は右治療期間の点については直接見聞していない)、しかも、それは多分に専門的知識を要する事柄であるから、右被告人の陳述に証拠価値を認めるのは相当でない。

そうすると、原判決には、前記優の傷害の程度の点について、必要にしてかつ十分なる証拠を挙示しなかつた違法があるものといわなければならない。

よつて、論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条によつて原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官家村繁治 裁判官田中 清 裁判官久米喜三郎)

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